2021年3月11日で東日本大震災から10年。先日も福島と宮城は最大震度6強の地震に見舞われました。これが東日本大震災の余震という報道もあり、地震の怖さをあらためて痛感させられます。

その福島県の中でも原発事故の被害にあった大熊町で生まれ育ち、窃盗被害などが多発した放射線量が高い地区で防犯パトロールを続けているのが「じじい部隊」

一見失礼なネーミングは彼ら自身が名乗っているもので、じじい部隊のメンバーは幼い頃からこの町で育った方々です。産業の乏しい土地にやってきた原発によって町が豊かになったものの、東日本大震災によって彼らの故郷が奪われようとしています。

「ハゲと白髪の集まり」がじじい部隊

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2013年当時「じじい部隊」の平均年齢は60歳。震災後、福島第一原発で発生した事故によりすべての町民が避難を強いられ、無人となった町の中で防護服に身を包み、背丈を超えて生い茂る雑草を刈り落としていた6人の男たちです。

彼らは自分たちのことを「ハゲと白髪の集まりだ」「疲れが1日じゃ抜けなくなってきたな!」と笑い飛ばしながら、故郷のために奮闘していました。

この、「じじい部隊」は、町役場の総務課長だった鈴木久友さんが同世代の仲間に声をかけて結成されました。

メンバーには、元役場の幹部や元消防隊員といった面々が並び、若い世代の被ばくを少しでも減らしたいという思いを抱えています。

突然ゴーストタウンとなった大熊町。じじい部隊の仕事は、草刈りの他に、防犯パトロール、防火のための水路確保・野生動物の死骸撤去など多岐にわたりました。

原発で増えた雇用と家族の時間

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この地方には産業が何もなく、農業が閑散期の冬になると、一家の大黒柱が出稼ぎに出るのが当たり前でした。

そんな町の様子を一変させたのが1960年代に建設が始まった原発。役場には多額の交付金が流れ込み、原発関連の仕事が増えたことで雇用も生まれました。

しかし、2011年3月12日、福島第一原発で水素爆発が発生。放射能が鈴木さんたちをはじめとする地元住民に襲いかかったのです。

鈴木家は福島第一原発からわずか300メートルのところにある先祖代々400年受け継がれた土地に建っていました。

子どもたちが住めるようにと家を建て替えたのですが、原発事故により住むことは困難に。さらに国はこの土地に汚染土壌などを最長30年間保管する中間貯蔵施設の建設を計画。

鈴木さんは「いつまでも除染土壌を生活圏に置いておくわけにはいかない。施設はやむを得ないと思う」と国の計画に理解を示しながらも「施設を受け入れるのであれば大熊町全域を除染する目途を示してくれないか。除染すれば町民が帰る希望を持てる。何年先に除染すると目途だけでも示してくれれば俺は判を押す」という条件を提示しました。

400年守り続けた土地を奪われることの引き換えに、鈴木さんは大熊町の未来を見据えてこのような条件を突きつけたわけです。

国に訴えた要望は通っていない

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2020年夏、鈴木さんは大熊町へ墓参りに向かいました。そこには、雑草と苔で朽ちた町が広がっていて、鈴木さんは思わず目を疑ったといいます。

鈴木さんが先祖代々の土地を受け渡すかわりに町全域を除染して欲しいと、国に提示した要望が全く通っていない証拠でした。

「除染の時期が見えれば希望を持っていられると思う。白地地区(※1)の人は帰れないまま死んじまうって言っているよ」

※1 帰宅困難区域の中でも解除の見通しが示されていない区域のこと。除染計画が白紙であるため白地地区と呼ばれる

最新の住民意向調査によると、「大熊町に戻らないと決めている」と回答したのは全体の6割。半数近い町民が町への帰還を判断するのに「放射線量の低下の目途、除染成果の状況」をあげています。

今でも原発の有無について世界各地で論争が起きていますが、原発のある町で暮らし、放射能の被害を被った鈴木さんは原発について次のように話しています。

「オヤジの世代は原発が来るまでは収穫が終われば出稼ぎだった。原発が来てよかったと言えば良かったのではないかな。原発が無かったら家族みんなで過ごせる暮らしはできていない。こういう状態になってしまったけど原発は憎めないな」

ハゲと白髪のじじい部隊をハゲルヤ編集部はこれからも応援していきます。

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