2020年3月29日、志村けんさんが亡くなった日の夜。

志村けんさんの元付き人で弟子の乾き亭げそ太郎さんの元に、ダチョウ倶楽部の上島竜兵さんからビデオ電話がかかってきたといいます。


上島さんは涙を流しながら「あのハゲ死んじゃったな」と。その言葉が、げそ太郎さんの胸に刺さり共にボロボロ泣いてしまったんだそうです。

「あのハゲ死んじゃったな」


志村けんさんと数々の番組で共演し、何度もお酒を酌み交わしてきた上島さんだからこそ言える、愛あるいじり。

この一言から大切な人を失ってしまった悲しみが痛いほど伝わり、涙を誘われます。


「ハゲ」という言葉から、こんなにも愛が伝わってくることはあるでしょうか。

志村けんの弟子「乾き亭げそ太郎」の付き人生活

17歳の時に鹿児島から上京。23歳で志村けんさんの弟子になることを決意し、運転手兼付き人として採用されたという、げそ太郎さん。

リムジンで志村けんさんを仕事の現場まで送るだけではなく、食事の手配や小道具の確認も行っていたといいます。


仕事の後はお酒の場への送迎も大切な仕事。志村さんがお店から出てくるまで何時間も車で待機し、自宅まで送り届けるというのですから付き人の仕事も楽じゃありませんね。

げそ太郎さんは、そんな日々の中でも腐らず車中でコントのネタを書き、ついには志村さんも出席する“ネタ会議”に出席させてもらえるように。

不採用が続いてもめげることなく何度も何度もネタを出し続けた結果、コントを採用してもらい、さらにディレクターの提案でバカ殿様の家来役として出演することになったんだとか。
『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ系)での、丸眼鏡をかけた家来姿を覚えている人も多いことでしょう。約20年の長きにわたり、バカ殿様の家来役を演じたげそ太郎さんですが、現在は地元・鹿児島でリポーターなどの仕事をしているそうです。

コロナ感染発表からわずか4日で帰らぬ人に

志村けんさんの新型コロナウィルス感染を、所属事務所が発表したのは2020年3月25日。

げそ太郎さんはニュースを知り、すぐに当時の付き人に連絡したそうです。そして「正直ギリギリのところです」と言われたものの、げそ太郎さんが住む鹿児島県では、まだ1人も感染者が出ておらず、どこか楽観視していたといいます。


そのわずか4日後に志村けんさんが亡くなるとは、誰も想像していなかったことでしょう。

げそ太郎さんの元に志村さんの専属メイクから電話があり「志村さんが亡くなった」と聞かされた時は、まったく心の整理がつかないまま、2人で声を上げて泣いたんだそうです。

「あのハゲ死んじゃったな」

我々薄毛族の毎日を笑いで明るく照らしてくれた、ハゲ界が誇る真のエンターテイナー志村けんさんが亡くなってから、もうすぐ1年となります。

コロナがいまだ猛威を振るう中、我々は“志村けんさんが亡くなってしまったこと”を決して忘れてはいけません。


命を落とすことがなくても、感染者の4分の1に脱毛の後遺症をもたらす新型コロナウイルス。



「だいじょうぶだあ」なんて甘い考えは捨て、マスクうがい手洗いを徹底しましょうね。

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